6/19/2008

ブランド信仰の日本でブランド離れ?――フィナンシャル・タイムズ

なるほど~、もう都会のマーケティングは日本人だけ相手では成り立たないのね~




日本市場に賭ける――。ギョーム・ブロシャールのこの思惑はピタリと当たった。ダイヤモンドをちりばめたパンダのジュエリーは、1日で売り切れた。

キラキラまぶしいマスコットは、高さ6センチ。15カラット分のダイヤと、1万9000ユーロ(約310万円)の値札つきで、日本向けに5個だけが限定生産されたものだ。メーカーは、ブロシャール氏と香港在住のデザイナー、デニス・チャンが5年前に共同で立ち上げた仏中ジュエリーブランド「キーリン(Qeelin)」。

キーリンのジュエリーは、クマや鈴や蓮根をモチーフにしたペンダントが中心。日本では六本木などに店舗があり、ヒットしている。ブロシャール氏によると、限定バージョンのパンダよりも小さめで(やや)お手ごろ価格のパンダ・ペンダントを「友だちに配るため」と27個も買っていった女性もいたという。

キーリンは宣伝をしない。そして日本に進出した際はほとんど全く無名で、カルティエやブルガリといった巨大ライバルのような実績も販売網も持たなかった。しかし数年前と違って今ではそれは大した問題ではないとブロシャール氏。特に、トップクラスの顧客のみをターゲットにした場合は、問題ないのだそうだ。

「日本には今、いわゆる従来型の『マス・ラグジュアリ(大衆的なぜいたく品)』から距離をおこうとするエリート層がいる。この人たちは本当の意味でのラグジュアリ、ぜいたくを求めていて、それはつまり一般には出回らないレアなもの、ということになる」とブロシャール氏は言う。

別の言い方をするとつまり最近の日本の金持ちは、誰でも一目見てわかるブランド品は求めていない。自分と同じように金持ちで趣味の良い仲間にだけ、価値が分かってもらえて褒めてもらえる商品を求めているのだ。世間一般が分からなくても、それは構わないということだ。

ブランド信仰の激しい市場として悪名をはせてきた日本において、これは大転換だ。そしてブランド市場として急成長しつつある中国との、特徴的な違いにもなっている。

「中国人はまだこのレベルには達していない。中国人はまだ、100メートル先からでも一目で分かるブランド品が好きなのです」とブロシャール氏。

1980年代の日本は、いわゆるブランド品の大衆化において世界の先頭に立っていた。中流の消費者は、ブランドもののハンドバッグやジュエリーを買いまくっていたものだ。しかしコンサルタント会社「ジャパン・マーケット・リソース・ネットワーク(JMRN)」によると、こうした「ブランド中毒」的な消費行動はもう鳴りを潜めるようになった。1990年代の間はまだ、多くのブランド中毒者が禁断症状を満たすために貯金を切り崩してまでブランド品を買い続けていたが、ユニクロや無印良品のお手ごろな大量生産品で十分満足だと考えを改める人も大勢いたのだ。「今の日本では、バーゲンやディスカウントショップで安く買い物するのは、世間的に全くOKなことになった」とJMRNは言う。

その結果、高級品の売り上げは停滞している(ダイヤのパンダは別にして)。HSBC銀行のアナリスト、アントワーヌ・ベルジュ氏は、日本は世界で最も成熟した高級品市場だと指摘。日本市場でほとんどの有名ブランドの売上伸び率は「当面の間、1ケタ台前半」に留まるだろうと予測している。

しかしそれでも日本はヨーロッパ高級ブランドにとって、総売り上げの14%(大手ブランドとなるともっとだ)を生み出す重要な市場だ。それだけに日本で得るものも失うものも大きい。そして業界全体の鈍い成長率だけに注文してしまうと、勝ち組と負け組の落差が見えなくなる。日本人の需要は、ブランド市場の中の「低価格帯」と「高価格帯」の両極端に二極化しているのだ。おかげで「コーチ」のような「買いやすいブランド」は売り上げを2ケタ台に伸ばし、日本中に147店舗を展開。そしてその一方で「ボッテガ・ヴェネタ」のような(ロゴはほとんど目立たないが高価格という)超高級ブランドも、やはり日本市場で売り上げを伸ばしている。

それとは対照的に、「ブランドとしての知名度があり市場にも浸透している『ポロ』や『プラダ』といったブランドは、勢いを失っている」とJMRNは指摘。消費者は「高い値段に見合うほどの価値がない」と感じているようだという。

大手ブランドグループはこうした市場の変化に対応するため、低価格帯の商品で売り上げを確保しながら、レアな限定品を販売するという戦術をとっている。また一部の大手ブランドは、高級感や特別感を出すためにわざとブランド名を出さないという手法を選択。たとえば日本のカネボウ化粧品の商品ラインで、国内で最も大きく売り上げを伸ばしたのは「RMK」と「SUQQU」だが、このどちらも「カネボウ」ブランドをうたってはいないのだ。

しかし多くの外国ブランドはこの逆路線を選び、派手な旗艦店を展開してブランドの存在感を高めるようにしている。多くの旗艦店では洋服やジュエリー以外にもサービスを拡大。たとえば銀座にある地上12階、床面積6000平米の「アルマーニ/銀座タワー」では、6万5000円を払えば3時間コースのスパ・マッサージが受けられるし、あるいはアルマーニ・リストランテで和牛とか根セロリのフランの食事を楽しむこともできる。アルマーニは昨年、この新店舗に2000万ドル(約21億円)を投資。単独店舗への投資額としては過去最高だった。

高級ブランドはこうした巨額投資を通して、自分たちのブランドを顧客の生活全般により密接に結びつけようとしている。またこういうブランドの展開方法は、従来型のブランド拡大と異なり、主要商品ラインの価値を薄めることなく新しい収入源を生み出すことにもなる。

将来的には高級ブランドは、日本の人口構成の変化に対応しなくてはならなくなる。30-44歳の働く女性の数は1997年以来15%増加し、高収入の女性消費者という新しい消費者グループを生み出した。しかしその一方で、日本の出生率が低いということは、若い新規顧客の数が減るということでもある。

日本の高級品市場の変化はほかにもある。日本国内でブランド品を買う人は、必ずしもみんながみんな日本人とは限らないのだ。日本人が前ほどブランド品を買わなくなっても、中国やロシアから観光客がどんどん増えて日本でブランド品を買っていく。日本人の買う量が減った分を、こうやって観光客が十分に埋めていくかもしれない。「中国の富裕層は中国で手に入らないものを買いに、日本にやってくる」 シャネル日本法人のリシャール・コラス社長はこう言う。

確かに日本のデパートでは中国語の表示があちこちにあるし、今では約1万店もの小売店が中国の銀行が発行するデビットカードを受け付けている。

高級品を扱う店側も、日本の外では手に入らない商品をそろえることで、この観光客需要を促進してきた。海賊品の横行防止が狙いのひとつだが、日本がアジア需要のパイロット市場になるというのがもうひとつの理由だ。「日本はアジア全体にとってのショウルームなんです」とコラス氏は話している。

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